日本のPRパーソンは、国内外のPR最新事例に何を学ぶべきか
後半は「日本のPRパーソンは、国内外のPR最新事例に何を学ぶべきか」をテーマに、本田とカンヌライオンズ2024 PR部門審査員を務めた田上氏による討論が行われた。
まずは「カンヌライオンズ2024 PR部門 と PRアワードグランプリの審査員を終えて」をトピックに、両者の見解を伺っていく場となった。
毎年6月に開催される世界最大のクリエイティブフェスティバル「カンヌライオンズ」と、日本におけるPR業界の最高峰の賞を決める「PRアワードグランプリ」の審査員を終えた田上氏。
カンヌライオンズではWHY・WHATの組み合わせであるアイデアは何か、どのようなPR発想になっているかなどを徹底的に議論したという。
「世界のPR事例を見ながら、各国のカルチャーをベースにして補足情報に目を通し、議論を進めていくのは非常に学びある機会となりました。一次審査の時点で537の事例があったのですが、自分の事業を大胆に変革するアイデアが多く、さまざまな創意工夫を読み解くができました」
その中で、田上氏はカンヌライオンズ2024 PR部門でゴールド賞を受賞したハイネケンの『Bar Experience』を紹介した。
ハイネケンの事例に学ぶ「マルチステークホルダー発想」の重要性
BtoBの取引先であるバー業界やホスピタリティ業界全般では、現場の働き手が「肉体的に厳しい」と感じ、人手不足になる傾向がある。
一方、オランダ・アムステルダムに本社を置くハイネケンはヨーロッパの中でも働きたい会社ランキングで上位を占めているのだ。
「ハイネケンで働きたい若者がたくさんいる」のを自社のアセットにして、ハイネケンはバーで働いてくれた経験を「Bar Experience」という1つの資格のような形で認定書を発行する取り組みを行った。
この認定書はLinkedInでも表示が可能で、バーでの経験をキャリアに活かしていくのを視野に、まずはハイネケンの就職試験で有利になるところからスタートした。
そして、「確かにバーでの働いた経験は就職後の仕事で活きる」と共感したさまざまな会社の就職活動に有利になる認定書として「Bar Experience」が浸透していったのである。
「ハイネケンはコロナ禍で飲食店やバーが休業し、窮地に追い込まれたお店を助けるために、“今日この広告を見て、明日このバーで楽しもう”というキーメッセージのもと、シャッターを広告にした『Shutter Ads』が大きな反響を呼びました。
その次のエクステンションとして、“あなたが、ハイネケンで輝くキャリアを築く”というのを掲げ、バーで働くことの楽しさを若者に知ってもらう施策が『Bar Experience』となっています。最大の取引先であるバー業界の人材不足の解消、就職希望者への魅力の発信、社員の自社に対するロイヤリティ向上や企業レピュテーションの向上につながるなど、本当に素晴らしい取り組みでした」
マルチステークホルダーを巻き込みながら、社会課題を解決していき、これまでになかった付加価値を生み出す。
まさにそのお手本とも言うべきPR事例が『Bar Experience』だと言えるだろう。
本田は「エンドユーザーだけを見ていては駄目で、ビジネス全体のステークホルダーを考えていく典型例だと思った。ハイネケンはBtoCのキャンペーンや広告もユニークだが、BtoBの事例は初めてだった」と話した。
もうひとつ田上氏が紹介したのは、カンヌライオンズ2024 Creative B2B ・Direct部門でゴールド賞に輝いたハイネケンの『Pub Museums』だ。
アイルランドの文化の象徴である伝統的な老舗パブ。近年はお店の老朽化、改修費用の高さなどから閉店を余儀なくされるパブオーナーが相次いでおり、厳しい状況に直面している。こうした課題を解決するべく、ARでパブの歴史などを体験できるバーチャル美術館としてパブを登録することを可能にし、美術館として税制の優遇などを地元自治体から引き出し、観光スポットとして誘客にも貢献、まさにマルチステークホルダー発想のプログラムであった。
この事例に呼応するように、本田はサントリーの取り組みを話した。
「サントリーが新橋駅の屋外広告として実施した『人生には、飲食店がいる。』キャンペーンでは、サントリーという存在が『いかに飲食店のことを考えているか』というのを、取引先を越えて伝える内容だったのを思い出しました。
私たちがいかに飲食店や居酒屋、バーなどで色々と語り合い、元気づけられたり、悲しいことを乗り越えたりしてきたかを想起させるもので、大変素晴らしい事例だったと感じています」
サントリーは商品を売ってるのではなく、商品に対しての人と人との触れ合いや文化を売っている。この考え方は、田上氏の前職資生堂にも通ずるところがあるという。
「化粧品を売っているのではなく、美しくいきることをセレブレートするという考えが、資生堂の社内全体に根づいていました。カンヌで世界のPR事例に触れてみると、日本も社会と企業が何かを一緒に作っていくという取り組みがもっとできそうだと感じました。
例えば企業とエンドユーザーの間に立っている取引先の力や貢献も引き出し、空気をつくっていく。そこまで憑依するためには経営者発想が求められますが、社会にもっとインパクトを与えられるためには必要なことだと思っています」
アルバイトの立ちっぱなし問題に焦点を当てたマイナビの取り組み
続いて、本田が取り上げたのがPRアワードグランプリ2024の最高賞に輝いたマイナビの「アルバイトの立ちっぱなし問題解決を目指す『座ってイイッスPROJECT』」だ。
5年以上前から働き方改革が叫ばれるなか、お店で働くアルバイトやパートに目を向けると、“立ちっぱなし”による夜長時間労働が問題になっている。
こうした社会課題と向き合うために、マイナビは椅子の製造メーカーに依頼し、使いやすさを重視した「マイナビバイトチェア」を独自に開発。
プロジェクトの賛同企業に一部無償配布するなど、取り組みの輪を広げる活動を行ってきた。結果的に多くのメディア露出につながったほか、厚生労働省と共にプロジェクト推進するところまで波及した。
田上氏は「マイナビがアルバイトとしての働き手と、雇い主である小売業の間に立つ自社の役割には、社会課題を解決する力があると考えたのがきっかけになっている」とし、働き手や雇用主、さらには働き方改革を推進する厚生労働省に対して、「座って働いても良いじゃないか」というコンテキストを伝えた好例だと述べた。
本田はスーパーやドラッグストアに来る消費者の実態調査を行い、リアルな声を可視化したのもすごい良いポイントだとコメントした。
「日本の消費者は厳しい」という見方に対しては、マイナビの立ち位置をうまく活用して、座って働いても良いという機運を醸成していき、働き方の改善を促していったのである。
両方のアワード審査員を務めた田上氏は「特に日本の場合、まだ一部にはWHYやWHATではなく、HOWや戦術に留まっているものが散見されていた。なぜその企業がやるのか、エンドユーザーだけでなくマルチステークホルダー発想でアイデアを生み出せば、PRが事業全体へ大きな影響を及ぼせる事例もあったので、まだまだ伸びしろがあると感じた」と総評した。
2014年2月に「The life always new」をコンセプトにCINDERELLAを創業。ジャンルに問わず、キュレーションメディアやSEOライティング、タイトルワーク、記事ネタ出しなどに携わる。
最近では取材ライターとして国内外の観光スポットやイベントに足を運んだり、企業ブランド・サービスのインタビュー取材を主に従事。
またSNSや繋がりのあるPR会社から送られるプレスリリースをもとに、執筆依頼をいただく場合もあり、活動は多岐にわたる。
モットーはメジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ること。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に社会のA面B面を深堀していく。
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