2020年6月22日に本田事務所 本田哲也氏、広島市立大学 広島平和研究所 准教授 河 炅珍氏を迎え、広報・PRパーソンの為のアカデミー「SCALE PR ACADEMY」の開講式を行った。
歴史社会学の観点から紐解くPRの本質
本田の挨拶及びイントロダクションに続き、コンピテンシーモデル開発に監修協力いただいた広島市立大学 広島平和研究所 准教授の河 炅珍(ハ・キョンジン)氏によるキーノートセッションが行われた。
河氏は、メディア、コミュニケーション、社会学を中心に、PRの基本構造に関して、歴史社会学の観点から研究を行っており、学問からPRの本質やあり方を紐解く第一人者として知られている。
PR(パブリック・リレーションズ)を一般的に解釈すると、「社会的な組織が、様々な利害集団(ステークホルダー)との間で関係構築を図ろうとするコミュニケーション活動」と表現できるだろう。
また、PRパーソンの間では、メディア露出を狙うためのパブリシティ活動を指す場合も多いのではないだろうか。ただ、「PR」という言葉は汎用的で使いやすい反面、誤解が生まれやすいのもまた事実である。
河氏は「PRという言葉や概念は、学問的視点から見ても非常に幅広い意味合いを持つ」とした上で、次のような見解を示した。
「歴史社会学の観点からPRの意味を紐解くと、次のような仮説が導かれます。つまり、PRは『組織の社会的自我を構築する、シンボリックなコミュニケーション』である。よく広告やプロモーション、ホワイト・プロバガンダ(白色宣伝)などと誤解されがちですが、歴史が証明するように、PRは、広告やプロバガンダと互いに影響しあって発達してきた背景はあるものの、根本的には異なる関係性を軸にしています」
企業の社会的自我を形成するのがPR
さらに、PRという言葉は「PUBLIC(公衆)」と「RELATIONS(関係)」の2つの言葉に分解されるという。つまり、公衆との間で、望ましい関係を形成するコミュニケーションこそ、PRの本質的な意味合いになってくるわけだ。
ただ、ここでいう「公衆」とは何を指すのだろうか。公衆(パブリック)の辞書的な意味は、公共性、公的価値を軸としてあまねく現れる他者と定義づけられるが、河氏は「重要なのは、パブリックをPR活動における『他者』と位置づけて考え、その他者を鏡に組織の社会的自我を形成していくこと」だという。
「パブリックの比較対象には、広告メッセージの受け手や視聴者を意味する『オーディエンス』、財やサービスを消費する主体で、日本では生活者とも言われてきた『コンシューマー』。また、消費者・従業員・株主など、組織の利害と行動に直接的あるいは間接的な利害関係を有する『ステークホルダー』が挙げられます。社会心理学者のジョージ・H・ミードは『自我は固定された概念ではなく、社会的に形成され、かつ他者との相互作用によって変化するもの』と述べていますが、企業もまた社会の『他者』つまり、パブリックがどう行動するか観察し、どう行動すれば他者の期待を満たし、『正しい』と認められるかという視点を持つことが、PRの本質を捉える上で大切になってきます」
19世紀の産業社会から生まれたPRの原型
こうしたPRの潮流を考える際、産業社会の急速な発展がみられた世紀転換期(19世紀末~20世紀初)のアメリカ社会を回顧するとわかりやすいという。
この時代は、「現代社会の原型」が形づくられ、巨大な都市が現れ、世界各国から移民労働者が押し寄せ、大企業を中心に大量生産・大量消費のシステムが発達した。労働・資本・技術の集約により、産業の寡占化が進み、大企業にとって「社会的自我」の必要性が問われはじめたのもこの時期である。
河氏は「内なる他者でもある労働者や従業員を見据えた労使関係、地域住民との関係性、政府へのロビー活動、資本誘致のための株主関係など、企業を取り巻く状況が一変し、他者が多様かつ複雑になったことが、当時の大企業にとってPRを取り入れる原因となった」と指摘する。
「とくに、鉄道や電力、通信など、インフラ産業がいち早くPRに注目しました。当時の資本主義が生み出した最先端の組織だったこれらの企業はいずれも広範囲な問題を抱え、その解決にさいなまれていました。例えば、『インフラは国が管理すべきだ』とか、『寡占は市民社会に害を与える』といった議論に対し、経営者たちは会社の意義を訴え、正当化していかなければならなかったのです。批判と承認の狭間の中で、どのように自我を企業が持つべきなのか――。こういった社会情勢の中で『産業は市民のものである』、『企業は人々の生活をより豊かに、便利にする助力者=友だち』といったメッセージが次々と生まれ、他者=公衆との関係が再定義されていきました」
さらにこの時代には、印刷技術の発達によってジャーナリズムの商業化がもたらされ、大衆読者を惹きつける廉価新聞が隆盛。新聞や雑誌の紙面上に「他者」が現れる「場」が増えたことで、「インフラ企業は他者の助力者である」という一貫したメッセージを発信し、世論やステークホルダーを味方につけるために、PRにとって「メディア」が重視されるようになったわけだ。
ポストコロナ時代におけるPRのあり方
現代社会で言えば、「自我」と「他者」が現れる場=メディアとして、TVや新聞はもちろん、動画やSNSなども挙げられるだろう。
PRパーソンは、そのようなメディア空間に遍在する他者を「パブリック」として見出し、他者を鏡とする企業自我の創造を助ける。すなわち、組織の「社会的自我」を作り上げる専門家になるべきなのかもしれない。
河氏は、ポストコロナ時代のPRを考える上で重要な点を、次のようにまとめてキーノートを締めくくった。
「PRにおいて最も重要なのは最初の『P』(パブリック)であり、PRは、パブリック=他者を鏡に、組織の社会的自我を構築するシンボリックなコミュニケーションなのです。PRを小手先のテクニックととらえると、そのメッセージも陳腐なものになってしまうでしょう。ポストコロナ時代の企業は、『誰』の期待と価値を吸収して、どのような『自我』を築く/築き直すかを考えていかなければなりません。企業や社会をめぐる様々な『共同体(コミュニティ)』や関係性をアップデートしたり、新しい『他者』を発見したりと、自他関係を可視化し、広め、社会の承認を導くためのコミュニケーションをデザインする。これこそが、今後の企業活動の鍵となっていくでしょう」
質疑応答で交わされたPR視点や成果指標
キーノートセッションの後で行われた質疑応答では、参加者から様々な疑問が寄せられた。その中から一部を抜粋したい。
「企業を取り巻くステークホルダー自体、今は個人に分散化していると思うが、このような現状ではPR視点をどう持つべきか?」という問いに対し、河氏は「個の全体=社会になるわけでない」と前置きし、次のように回答した。
「私たちはテクノロジーがつくり上げたアルゴリズムの中で、個人の価値や趣味が重視される時代に生きています。今や、私たちが自分や社会を捉える際に準拠していた、一つ前の共同体のバウンダリーや中身が変化し、古くなっています。しかし、それがすなわち、共同体が全く要らない社会の現れを意味しているわけではありません。「個の時代」では、個々人の価値やモラルを軸に、新しい「共同体」が生まれつつあります。組織やPRパーソンは、このような他者の変容をしっかりとらえた上で、進化する共同体を描いていくことが必要になるでしょう」
本田は「他者を捉える枠組みが、テクノロジーの発達によって変わっているので、PR視点で言えば性別や住まい、年齢など物理的な属性ではない、新しくラベリングをしてあげる必要性がある」と答え、次いで「これからのPRパーソンは、新しく生まれた集団やグルーピングを洞察し、どうコミュニケーションをしていくか考えるのが大切」と説いた。
さらに、「 PRに従事する者によって重要な成果指標はどのように持てばいいのか」という問いについて、本田は「PRによって、人の行動変容を促すことが基本軸」と
語った。
「どのように、人の行動を変容させるのか。その方法を考えるのがPRの醍醐味であり、クリエイティビティが求められる。もちろん、そう簡単にパーセプションチェンジを起こせるわけでもないので、そこがPRの奥深さであり、面白さでもある。限られた社会の枠組みの中で、どう企業のメッセージを伝えるか。あまりに、パブリックを意識しすぎて、主張の強い表現になれば広告っぽくなってしまう。社会的な文脈を捉え、人の行動変容を促すためのアクションを考えることがPRパーソンの役目だと考えています」
キーノートセッションで話されたPRの本質を踏まえた上で、SCALEが定めたPRコンピテンシーを理解することができれば、具体的なPR施策や戦略立案に役立つことだろう。
次回以降に開催されるアカデミーにぜひ参加されてみてはいかがだろうか。
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2014年2月に「The life always new」をコンセプトにCINDERELLAを創業。ジャンルに問わず、キュレーションメディアやSEOライティング、タイトルワーク、記事ネタ出しなどに携わる。
最近では取材ライターとして国内外の観光スポットやイベントに足を運んだり、企業ブランド・サービスのインタビュー取材を主に従事。
またSNSや繋がりのあるPR会社から送られるプレスリリースをもとに、執筆依頼をいただく場合もあり、活動は多岐にわたる。
モットーはメジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ること。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に社会のA面B面を深堀していく。
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