理念に立脚したステートメント発表を心がけた
あらゆる人が温かいスープで一つの食卓を囲み、笑い合えるような社会をつくりたい。
スープストックトーキョーが目指す「Soup for all !」 の世界観を大事にするため、声明を出すにあたっては社員の想いを揃えるために緊急で朝礼を開いたそうだ。
「オンラインも活用して集まれるメンバーで集まり、文章を読み合わせながら、一人ひとりの気持ちを確かめました。その場で涙を流す社員もいて、想いを届けたいという気持ちがあらためて強く共有された時間だったと思います。広報の役割として、自分たち自身の存在意義や大切にしていることを再確認するきっかけになったことも、大きな意味があったと感じています」
「離乳食の無償提供」の取り組みは長い時間をかけて、本気で考え、想いを込めてやってきたからこそ、工藤氏は「謝るという選択肢は最初から考えていなかった」と話した。
謝罪をすることや、沈黙を通す選択肢もあったかもしれない。しかし、もし謝るという選択肢をとれば、これまで時間をかけて取り組んできたことを、自分たち自身で否定してしまうことになる。
「自分たちの信念とその背景を真摯にお伝えしたかった。」
その姿勢が、結果としてプラスの評価につながったポイントだったのかもしれない。
ステートメントを発表するタイミングについて、本田は次のように見解を示した。
「危機対応は「早く動くこと」が基本ではあるものの、場合によっては焦って動いてしまったことで、かえって失敗につながることもある。かといって、情報発信を何週間も引き延ばせば、対応が遅いと言われてしまう。そういう意味では、今回のように少し時間を取って、しっかり考えた上で発信したのは、すごくバランスの取れた妥当な判断だったと思います」
加えて、「こうした対応は、単にマニュアル通りに行えるものではなく、理念や覚悟があってこそ可能になる」と付け加えた。
「健康被害や異物混入といった重大な事案ではない以上、世の中の偏った意見に迎合して安易に謝罪するのではなく、時間をかけて考え抜いたうえで、自分たちの理念や考え方を丁寧に説明するという道を選んだ点が大きかったと感じます。
すべての声にその場しのぎで対応するのではなく、自分たちの軸を持って発信する企業姿勢が伝わってきたからこそ、スープストックトーキョーの対応は、炎上や批判に直面したときの正しい向き合い方」として、今でも『ひとつのお手本』だと捉えられているのではないでしょうか」(本田)
「信頼」と「共感」とを育てる中長期視点のブランドコミュニケーション
参加者からは、「PRの予算はどのくらい取っているのか?」という質問が寄せられた。これに対して、工藤氏は「店舗が強力な広告機能を担っているため、予算はほとんど見ていない」と回答した。
スープストックトーキョーのスタンスとして、「広報費」というものを単独で切り出して考えるのではなく、全体的なブランド投資の一環として捉えているそうだ。販促費に予算をかけるくらいなら、美味しいスープづくり(原価)に注力したり、おもてなしの力を磨き価値を蓄積していく方が本質的であり、中長期的に強いブランドになるという考え方である。一見非効率に見えても、その方がお客様にとっても、働く人にとっても持続可能である。
「広報は『伝えずにはいられない思いを、どうにか言葉にする営み』だと捉えています。ブランドの議論をする際も、世の中という大きな括りではなく、『目の前のたった一人のお客様』を思い浮かべて考えます。
そこに、”どうしても伝えたい”という強い想いがあることが、密度や熱量を生み出すのだと信じています。私たちの企業理念である『世の中の体温をあげる』ことへの共感を生み出すことを一番大切にしています」(工藤氏)
本田は工藤氏の意見に同調するように、「予算が限られていると、どうしても『どうやってPRで商品やサービスを伝えるか』という短期的な発想になりがちで、自分たちの存在意義(パーパス)を持っていなければ良い広報はできない。単なる予算配分の問題ではなく、『自分たちのあり方』や『世の中との向き合い方』が問われている」と持論を展開した。
ブランドエクイティについては、定期的なモニタリングを行っているものの、重視しているのは数量的な指標ではなく、日々のコミュニケーションの中で感じる「会話の質」や「共感の声」、「お客様との関係性の深まり」といった定性的な変化を大切にしているという。会社全体としてもNPS(Net Promoter Score)を大事にしており、中長期的に信頼と共感を積み重ねていくことにコミットしているわけだ。
また、マーケティングや広報の界隈で「共感」という言葉がよく聞かれるようになったが、あくまで購買を促すトリガーに使っているだけで、内実を伴わない演出に聞こえる”共感風”があると工藤氏は話した。
「私たちが考える共感とは、人と人との信頼関係をじっくり育むような人間らしい感情の動きです。時間をかけて信頼を積み重ね、循環し、信用へとつながっていく。
日々の小さな取り組みやSNSで発信するストーリーが誰かの心に届き、採用につながったりする場合もありますし、お店での小さなやり取りを見ていたお客様から、『スープストックの接客は、もはや接客というより思いやりや優しさだ』というメッセージをいただくこともあります。こうした人と人がしっかりとつながるような共感の深さが、信頼というかけがえのない土台になっていくと考えています」
最後に工藤氏は参加者へのメッセージを述べ、セッションを締め括った。
「広報・PRが持つ力は本当に大きく、社会を動かす影響力がある。だからこそ、『どう動かしたいのか』『動かした先にどんな未来を描きたいのか』という視点が、とても問われていると感じています。責任も大きい仕事だからこそ、ぜひ社会を前に進めるために力を存分に発揮してほしいなと思っています」
2014年2月に「The life always new」をコンセプトにCINDERELLAを創業。ジャンルに問わず、キュレーションメディアやSEOライティング、タイトルワーク、記事ネタ出しなどに携わる。
最近では取材ライターとして国内外の観光スポットやイベントに足を運んだり、企業ブランド・サービスのインタビュー取材を主に従事。
またSNSや繋がりのあるPR会社から送られるプレスリリースをもとに、執筆依頼をいただく場合もあり、活動は多岐にわたる。
モットーはメジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ること。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に社会のA面B面を深堀していく。
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